最高裁判所第二小法廷 昭和29年(あ)599号 判決 1959年8月28日
主文
本件上告を棄却する。
理由
検察官の上告受理申立理由第一点中時限爆弾に関する部分について。
爆発物取締罰則にいわゆる爆発物とは、理化学上の爆発現象を惹起するような不安定な平衡状態において薬品その他の資材が結合せる物体であって、その爆発作用そのものによって公共の安全をみだし又は人の身体財産を傷害損壊するに足る破壊力を有するものを指称すると解するのが相当であり、ここに理化学上の爆発現象というのは、通常ある物体系の体積が物理的に急激迅速に増大する現象すなわち物理的爆発竝びに物資の分解又は化合が極めて急速に進行し、かかる化学変化に伴って一時に多量の反応熱およびガスを発生して体積の急激な増大を来たす現象すなわち化学的爆発を指すものであるとすることは、当裁判所の判例とするところである(昭和二八年(あ)第二八七八号、同年一一月一三日第二小法廷判決、集七巻一一号二一二一頁。同二九年(あ)第三九五六号、同三一年六月二七日大法廷判決、集一〇巻六号九二一頁)。
原審の維持した第一審判決の認定によれば、本件時限爆弾と称するものは、八五粍×六五粍×四八粍の味の素の空缶に約七、八分目の黒色火薬を入れ、蓋に径約一〇粍の穴をあけ、その穴から釣竿の継手部分を切断して作成した長さ七五粍、径一二粍の竹筒を突っ込み、その内部に、黒色火薬を底部に塩素酸加里砂糖の混合物を上部に各填入し、更に右筒内に底部にゴムサック四枚を張った長さ五〇粍、径五粍の小試験管を差し込み、その内部に純度約九〇%の濃硫酸を充満させ、最後に全体を径約二、三粍の鉄線で緊縛した構造であり、先づ右ゴム膜を浸透した硫酸が竹筒内の塩素酸加里および砂糖と反応して発火し、更に缶内の黒色火薬に引火して爆発させようとするものであるというのであって、右認定は第一審判決挙示の証拠によりこれを肯認することができる。然るに右時限爆弾と称するものは、同判決がその挙示する各鑑定人の鑑定書により認定している如く、その容器が脆弱な味の素の空缶であり、かつ工作が稚拙であって、火薬の燃焼により生成されたガスが上部の孔から急速に噴出するため、(なお鑑定人岩尾常也、同山崎一雄、同山本祐徳、同伏崎弥三郎の各鑑定書によれば内容物である黒色火薬もその成分の配合割合が不適当なため十分に性能を発揮し得ないものであったことが窺われる。)安全な爆発に至らず、右容器を破壊することさえできなかったことが明らかである。
然らば本件時限爆弾と称するものは、右の限度においては未だもって公共の安全をみだし又は人の身体財産を傷害損壊するに足る爆発力を有するものとは認め難いから、たとえ被告人等がこれを時限爆弾として爆発せしめる目的で製造したものであったとしても、爆発物取締罰則にいわゆる爆発物に該当しないものというべく、所論は独自の見解に立って右判断と相反する主張をするものであって、これを採用することができない。
よって、本件上告は理由がないから、刑訴四一四条、三九六条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)